*身体の中の青い空*

 

「さて、踊るんだ。」

少年が明け方の公園に立っていた。
何をやっても演伎に思える。
だからそのまま、立っているのだ。
何をやっても、誰かがやったものに思える。
少年は少年で無くなっていたのだ。
しばらく立っていた少年は、ドカリと地面に崩れ落ちた。
コレも何だか演伎に見えた。
ドカリ、ドカリ…。
何度も何度も繰り返している。
膝小僧からは血が滲んだ。
「痛い」
少年はその傷を眺めると、少し嬉しくなった。
そしてまた、明け方の濡れた草の上に身を投げ出すのだった。
身に付けている青のタイパンツとセミの羽根の様な薄いシャツが露に濡れていく。
肌に染み込む朝。生。
嬉しくなり、ますます少年は繰り返した。
しばらくして、少年は身体の力が抜けている自分に気づいた。
輪郭がくっきりしている様に思った。
少年は、「これは自分だ」と思った。
少年は明け方の草むらから自分を取り戻したのだった。下にはバラバラに砕けた鎧が落ちていた。
少年は、今度は全身の力を抜いてみた。重力を感じた。体が地面に引かれる。
「そうだ、そのまま落ちてみよう」
そう思ってそのまま身体を任せてみた。
骨がつっかえて、肉が引っかかって、バラリン、ポテン、と落ちた。
少年は、「これはオリジナルだ」とメモ帳に最初の振り付けを書き出した。
面白い落ち方は、記した外側の振り付け通りにやると、たちまち固くなり、二度とあのハッキリとした輪郭を示さなかった。
途方にくれた少年は、今度は何度も、もう頭を打ち付けてもいいという風に、後ろ向けに倒れたり、前向きに倒れたりするのだった。
立つ、という疑問が不意に起こる。
倒れたまま動かなくなった少年は、「本当に身体は動くのか?」とそのまま一時間ばかり身体を寝かせたが、蟻に噛まれるまで身体は少しも動かなかった。
日が昇り、朝のランニングをする街の人や学校へと向かう学生、園児らが公園に現れ始めた。
少年は恥ずかしくなり、身体を起こし、家へと帰った。
少年は立たされている自分に気づいた。
次の日、少年は、あえて日が昇ってから公園へと向かった。
少年はまだ露の残る草むらに仰向けになると、「今度こそは立たされないぞ」っと心に決めた。
少年は清々しい朝の公園の不穏な空気となっていた。
人々は避ける様に俯いて公園を歩いた。
少年は、「これでは周りに寝かされている」と思い、立ち上がるとその場を後にした。
その夜、少年は公園に立っていた。
頭が真っ黒けになって、どうにもならないといった感じの少年は、「一時間!」と叫ぶと、全力でグラウンドを走り始めた。すぐさま脇腹が痛くなり、目の前がグラグラになった。
「俺は、俺の中に縮こまっている」
そんな事に気付いた。
何のために走るのか、全くわからないまま、ただ柱時計だけを眺めてとにかく速く、休まずに、破き続ける様に少年は走った。
まだ、五分だ。
少年は死にそうになった。日も空けてランニングを始める人たちもチラホラ見えたが、少年には恥じ入る余裕が無かった。
やがて涎を顔に塗りたくり出した少年は、ガウガウっと小さく吠えて遊んでいる自分と出逢った。
「この僕も僕なんだな、いつも隠れているんだな」そんな事を呟きながら、フラフラになった足を更に前に進め、投げ出した。
もう訳がわからないまま、時計を眺めると、15分が過ぎていた。少年は時間の感覚は生きると関係している事実を悟った。
「とにかく決めたことを、最後まで、しかしこれが何になろう」
少年はその疑念を破く様に、足を出し出し、一時間を走りきった。
ドカンッとうつ伏せに倒れ込んだ身体をからはプシューップシューッと蒸気な様な命が立っていた。
眼を瞑ったまま、破かれそうな胸と脇腹を抑え、仰向けになった。
その時、空は青かった。
先の見えない空。
空想も浮かばない空。
唯、真っさらな青い空がそこにあって、少年はそんな空を見たことが無かった。
しばらく少年はその空を眺めていたが、膝を立て、そこに手をかけ立ち上がると、「明日から毎日やるぞ」、と決めたのだった。
「俺は俺を破く。」
そんなことを呟いたのだった。
「踊りは固めるものじゃない、作るものじゃない。」
そんなことを思ったのだった。
「観念に縛られてたまるか、言葉に支配されてたまるか、俺は俺に理解されてたまるか」
土、涎塗れになりながら街が始まる時間帯に、少年はブツブツいいながら人々とは逆の方角へフラフラになった足を進めた。
そもそもこんな事をやる羽目になったのは、強がりが原因だったのだ。
たった一度きりの舞台が迫っていて、そこに「踊り」を置きたかったのだ。
作り物で生きてきた少年は、その場所で、生まれ変わろうとしていた。

(続く)

 

 

※この物語は知念大地・初の踊り公演「おもいっきり吹くラッパ」(2013.7.23*in plan-B)-現在までの踊りに関する道のりを今一度、編集、整理するつもりで綴っています。経験した事・事実に基づいていますが、時間軸などは短縮しています。(例えば、倒れる事は二週間程、寝転がり続けるのは3年程続けました。)

今、私は悲しみや傷に執着せず、何度も破いた抜け殻の一部を整理・調査する事によって、繰り返えさない、唯の物から唯の物である踊りの地平(足場)を作っています。

その踊りが、いつか、皆さんの為になる事を願っています。

私は、ある日、命の為に踊る事を決意したダンサーです。民衆の中のその一人です。

 

 

ーーーー

「デイセンターウィズでパフォーマンスをやらせて頂いた事に関してのお礼と手紙」

 

先日は楽しい時間をありがとうございました。食事もとても美味しかったです。利用者さんのエネルギーと、職員の熱気に、圧倒される時間でありました。

私は今は踊り手ですが、2004年から2016年までの大道芸人時代に、アメリカやフランス、オーストリア、韓国、ニュージーランド、タイ、オランダ(言葉の通じない環境)で随分芸を披露しました。
デイセンターウィズでのショーは、今までに体験した事の無い環境でした。

表現の場とは、普段、親と子、保護される側と保護する側、上司と部下、そういうものが崩壊する場だと僕は思っています。
人と人との差異が、無くなる場、解れる場。それは風を皆でみたり山を見たりに等しい状況であると考えてきました。

普段我々は、労働と発散(休息)を繰り返し日常を回していますが、利用者さんは生きることを続けている人間に私は見えました。

そこで、何を見せたらいいのだろうと困惑し、とにかく、私も同じ人間なんだと無理矢理所長さんを巻き込み、ビシャノスさんを巻き込み、騒いだ次第です。

私たちが喜ぶこと、私たちが開くこと、「いつもの場所で」、関係性を壊すこと

これは芸能の真髄なのです。

ただ、本当のことが、少しでもあればいい。そんな一瞬を作るには、利用者さんに挑まなければならないし、教えてもらう事ばかりです。

客席も変わるかもしれない。
絵を描きながらそこにいる人、寝ながらいる人、、様々な見方、いかた、がドンドン発見されていくような気がします。

いかにエンターテイメントの世界(劇場)が一部の人間の為だけに作られているのかを痛感させられました。

凄いものを「見る」「見せる」のではなく、「私たちの」「素敵な場」を作らねば、と私は思いました。

芸能とは古来、人々のものでありました。

それは皆がいれる場所で行われるものでした。
洗練されたものは排他を生みます。
差異を誇るは真の芸能にあらず。

皆がいれる場所に置くものは
ぬるいものでなく、やはり真剣なものであり、見られても、見られなくても構わない「私たちのもの」なのだと思います。

私はその様な、かつてあったであろう当たり前の芸事の場の幻を、可能性を、ウィズの舞台で感じていました。

未知なる他者と、未知のまま、居て、知り続けようとし、思っていて、ふと発見し、共に生きていく、創造していく場

また、是非、ヘンテコな、真剣な事を、このヘンテコ少年に、やらせて頂けたらと願っております!

素晴らしい出逢いをありがとうございました。

所長さんのドラムは水気を帯びていて柔らかく、それは不思議な不思議な叫びの様な、優しさのような、希望の様な、唯、今にある様な
そんな音色でありました

 

 

※IIILの心境が現れていると判断し、ここにシェア致します。最近では福祉施設関係のライブに携わらせて頂く機会に恵まれ、利用者さんのエネルギー、それを取り巻くものたちの叫び?もがき?に学ぶ事ありと気を引き締める毎日です。感謝にたえません。

サヤカロックハンvol.5に出演させて頂いた際の映像↓

 

立岩真也さんへの共感

「失われた静寂、平等、平和は、失われていない。日常の只中に確かに微細にずっと在り続けている。」と感じる私は、以下の記事に共感します。

https://s.kyoto-np.jp/sightseeing/article/20190131000062

 

 

 

ーー詩片・抗いの終焉ーー

本質を見失いそうになる自分を、連れもどし、縛りつけ、また行く。

雨が降る。嬉しくなる。どか雪、大雨、台風の中、僕は静まる。

消滅へ向かい、削れる星。未完の身体。未熟な光。濡れた、本物の足掻き。

踊り、踊り、踊り続けよう。
晒し、晒し、晒し続けよう。

路上の光。闇の中。これが私の道。
包帯に包む霞。
食らいつく、齧り付く。

身体は理想を抱けない。身体は思想を、祈りを運べない。踊り手の身体は穴を開ける。この均一な世界に。均一な時空に。世界が布を織り始める。竜の肌、光り輝く象の肌。あの、海を。

柱になるもの、不動なる真理というものは、見つからない。不動なる思想も。だからまた、彷徨う、また、彷徨う。これこそ、何かであると__。

小さくあれと声がする。何も聞き取れぬ場所で、世界に開き、また、傷を作る、生。

「それ」は苦しみなのか、それしか、僕に、芯から問いかけない。闇の声か、光の声か、もうひとりの僕。愛しい、矛盾だらけのきみ。

苦しみへの執着とは何であろう。苦しみこそ、何かへの扉なのだ。たった一人でそれを開け続ける。

晒す洟片ハタメカセ

踊りとは何も無くなった場所に広がる青空。どこまでも大きい、青空。

考えていては、傷付けない。生きることは、傷付くこと、傷付き続けることと、決めた。俺は清らかにはなれなかった。だから、せめて、真剣に生きねば、と思った。

たったひとつの体を抱え、体を晒し、果てるのが、私が選んだ生だった。間違いだらけの、汚らしい、美しい、欲に塗れた、確かなアスファルトの上の。

あなたの道を私は知れないし、私の道を、あなたは知れない。

たったひとつの道と、間違いを犯しながら、歩く。真剣に、傷を付けながら。その瘡蓋を、天に、捧げる。私の生きた証として。喜びとして。

ひとりの托鉢者で在りたいが、それにも及ばない。

我慢、というものと戦っている。去勢されそうになる傷布を掴み、ここにいる。引き絞る強さは小さく、僕はそこに風を看取る、欲の塊。踊りとは何なのだろう。踊りとは僕の馬、僕の仏、生、そのもの。

我、貪る者。であるからして、闘う。我の道と。

自分が、「合っている」と思ってはいけない。仏については、「見たことがない」と言い、「仏には及ばない」ことを、強く肝に命じよ。

何一つ無くなったのなら、立ち尽くすだけの生がある。美しい精神、捨てるな。

何もわからぬまま、全くわからぬまま、唯、決めたことを、選んだその道を。その道の上で、朽ちる。

路上の真っ只中に、立ち、傷付く者です。

踊り手は殴られ屋。真剣に生きる者です。

だが、今、勇気を持って私は言おうと思う。

「生きとし生けるものすべては、幸せであれ」

 

 

 

 

 

 

 

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